「ぼくは風船爆弾」に託した平和への思い

武蔵野市にお住まいの作家 高橋光子さんは、91歳になった今も、精力的に執筆活動をしています。 37歳の時(1965年)「蝶の季節」で文学界新人賞を受賞され、芥川賞候補に二度選ばれ、これまで多くの作品を世に送りだしてきました。 小説家となって53年。 戦時中、学徒動員で風船爆弾を作っていた女学生たちの思いを何とか残しておきたい、戦争の悲惨さ、愚かさを多くの人に伝えたいと、2018年11月「ぼくは風船爆弾」を出版されました。 高橋さんは、戦時中、学徒動員でアメリカを攻撃するための風船爆弾を作っていました。 市民テレビ局は、小説「ぼくは風船爆弾」をベースに高橋さんの戦争体験を 2つの番組として制作放送しました。 2019年5月放送 1.匠 作家 高橋光子 ~「ぼくは風世爆弾」に託した平和への思い~ 2.朗読番組 小説 「ぼくは風船爆弾」より 高橋さんは 『戦後70年を過ぎ、戦争体験者として戦争を語れる最後の世代となった。 戦争中は、この風船爆弾で一人でも多くのアメリカ人をやっつけたいと念じながら作っていた。 ごく普通の当たり前の人間で、人の命のかけがえのなさも良く知っている私たちを、そこまで変えてしまう戦争というものは、本当に恐ろしいのです。 私たちは、平和がいかにありがたいか、それがいかに脆いものかも知っている。』 「ぼくは風船爆弾」は、 だからこそ、一人でも多くの人に、ぼくの物語を読んでもらいたいのです。 戦争のような悲惨で 愚かなことを二度を起こさないためにと結ばれています。 .朗読番組  小説「ぼくは風船爆弾」より

戦後75年 次代につなぐ戦争の記憶

新型コロナウイルス感染症の拡大がとまりません。 皆様、如何お過ごしでしょうか。 今年の夏は、帰省も控えている方も多いのではないでしょうか。 医療、介護施設、生活を支えて頂いている全ての皆様に心より感謝申し上げます。 75年前(1945年)の昭和20年8月6日、広島に原子爆弾が投下されました。 9日には長崎にも。 そして8月15日、国民はラジオの玉音放送で終戦を知りました。 私たち市民テレビ局は、戦後60年(2005年)から戦争を体験された方たちの証言を取材し放送して参りました。 私たちの趣旨に賛同し、重い口を開き体験をお話し頂いた皆さんの証言は、私たちの記憶から決して消してはいけない事だと思っています。 戦後75年 戦争を体験された皆様の証言をご覧ください。 ★2015年11月放送「時を超えて」 1.2011年8月放送「平和への祈り」古内竹次郎さんの終戦 中島飛行機製作所で働いていた古内さんの体験です。 2.2010年8月放送「平和へのバトン 未来へ」 千葉大学の学生さんたちが集めた戦争証言集の中から 満州から乳飲み子を抱いて日本に引き揚げてくるまでを朗読とピアノで構成しています。 「引き揚げてきたときの惨めさというか辛さといったらなかったです。 三千人ぐらいの団体で引き揚げてきたのに、最後の引き揚げ船がコロ島に着いたときは、二千人ぐらいしか残っていませんでした。」 戦争は体験したものでなければ分からない、命が大事だと思う気持ちさえあれば戦争は起こらないと。

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